iBookホタテネットブック化 [生活の間]
偉大なる先人のHPを参考にバラし、RAM32M+128M=160M→32M+256M=288M、HDD3G(…泣ける)→40Gへと大幅パワーアップ!!144pin・512MのRAMは中古でタマがなく、新品では1万2千円ぐらいす
るので256Mで我慢。HDDは新品。合計6,000円ナリ。
快適…とまではいかないが、それなりに効果は体感。このホタテ、どうしてもオレンジ色が欲しかったから初代をヤフオクで5万ぐらいで落としたやつ。さすがにCPUがPowerPCG3の300Mhzでは非力…。
しかし、ここでさらにムチうつようにMac OS10.3をインストール!!超おめーよ!!!(←バカ)起動に2分ぐらいかかるよ!!また、ブラウザもファイアフォックスダメで、対応してくれているOPERAをインストールしてネットサーフィン!!(死語)。2ちゃんとネットラジオならなんとか。画像が大きいと表示が遅い上に800×600の画面ではつらいのだ…。
でもこうやって古いMac使うのってたのしい。dos/vの爆速パソコンも自作したけど、冷却ファンがうるさすぎる。このホタテはFANなしなので静か。
…しかし…最大の問題はバッテリーがあがってしまって、普通のパソコンのようにリチウム電池でいろいろ管理するのではなくバッテリーの力でやってたみたいだから、毎回立ち上げると明治時代に時間が設定されてしまってる。。。。。ま、ネットにつかうぐらいなら…
民意とは??? [時事批評の間]
選挙により選ばれた議員たちが選挙により選ばれた首長に反旗を翻したものの結局選挙によりもとの首長が当選。任期はリセット。さあ、どうする?という構図。こういった構図はおおむねワンマン気味な首長に多いようだ。もちろん議会工作がうまくないということもあるのだろうが、単純に議会と対立しても自分の力を誇示したい輩が多いように思う。どちらも選挙によりえらばれた者たち、では、民意に近いほうはどっち??
本当に国民、県民、市町村民、いろいろなカテゴリー分けはあれど、何を望んでいるのか。そして、誰が選挙に行っているのか?捉え辛い時代だ。しかし、民意にいたずらに迎合するだけではおろかなポピュリズムに陥る。必要なことと人々に気に入られることはなかなか同じにならない。だから、敵を作って見せて大衆に媚び、わかりやすい選挙にしようとする。そして、論点をずらしてしまい、肝心のことは密室で決定してしまう。確かに私たちはそれを望んだ。しかし、それは望んでいない。そもそも選挙の時にはそんなこといってなかったやん!!ということが多すぎる。そして、背骨や気骨のありそうな人間でも容易にポピュリズムに陥り、自己満足やナルシシズムに酔うのだ。
このねじれはばかばかしいが、決定が衆人環視の元で行われた、ということに意味はあるように思う。しかし、問題になっているのは市職員の給料がどう、というわかりやすい問題だけで、勢いだけで選挙になっているような感がある。さすがにもう解散も不信任もできないだろうから、苦しいところだろう。職員うんぬんよりも、疲弊した2万の市民が現実にいること。そのことを棚に上げながら選挙を行い、禊はすんだ、みたいな図式はもうたくさんだ。実際に信念を持ち、市民の中で、市民のことを考えることのできるような首長がいいように思うのだが…今回の選挙の結果はどうなのだろう??市長のブログを読むとなんだかなあ、という感はあるが。
サイキック的なもの…BUBUKA的なもの… [時事批評の間]
4月30日付けでBUBUKAが発売された。表紙に北野誠事件うんぬんと書いてあった。表紙に関係なく自分は毎月買っているのだが(笑)。記事内容は、音事協関係者の逆鱗にふれたのは某歌手の音盤権のことだ、というほかの雑誌にも書いてあったことだったが、興味深いのは、御大自らが手を下さずともその周囲のものが「それはあかんやろ!」と憤って抗議をした、という記述だ。まあ、そらそうだろう。よきにはからえ、みたいなことで大物はなんでもできるのだろうから。また、あの謝罪会見。草なぎくんのことも誠っちゃんにリンクしているのか、とか考えてしまったが、どうなのだろう?
しかし最近マスコミ、特にテレビは完全に思考停止しているなあ、とこの二件で感じた。ぜーんぶ報道内容は横並び。電波流してるだけ?番組見てても大手事務所系列タレントと某宗教関係タレント、関西大手お笑い事務所タレント、某男性ユニットが多数所属する事務所のタレントばかりだ。寡占率がひどすぎる。タレントとしても売れ方が一律化して、キャラ化されてしまっている。グラビア、お笑い、イケ面、ETC…。これらからはずれた者たちの生きる場所はないの?誠っちゃんはキャラからはずれてしまったの??飽きられたらポイ!すぐに消費されつくしてしまう。なんて考えてぼーっとしてるといつの間にやらテレビショッピングの時間!!なんでやねん!!
メジャーメディア、といわれるものしか相手にされない時代になりつつある。すべての情報は等価で、興味がないことは無視していい時代。たとえインフルエンザが大流行しても「興味ねえ」ですむ時代。でも、それでいいの??昔は友達たちとヨタ話して、「まあネタ元はBUBUKAやけどな」とか「サイキックやねん」といえば笑い話で済まされてた時代があった。でももうそれではすまないのか。世の中のヒダ、というかクッション的な存在としてこういうゴシップを扱う雑誌やラジオはあったように思う。しかしどちらももはや虫の息だし、そもそも番組制作者やタレントは自分の考える自分以外は認めさせようとしない。誤読だとか妄想は許してもらえない。でも、それって情報操作ってゆうんだろ?ばかみたい。自分はサイキック的なもの、BUBUKA的なものを闘魂伝承してこれからも生きていくのさ!!(文句があるならテレビ見るなよ…)
北野誠氏騒動その後… [時事批評の間]
だが、一人の家族もいる人間が、はっきりとしない理由により職を失いつつある。この事実に対し、マスコミは何も言おうとしない。また、この謹慎処分と同時に抗議をしてきた音事協を発展させた団体が結成との報道もあった。そのため、誠っちゃんは、音事協を構成する権力者たちが、自分たちに逆らったらどうなるか、見せしめに利用するためにいままで泳がされ、新団体結成のこのタイミングで大きい圧力をかけられたのだ、などというブログの書き込みもあった。
また、一部の変質・偏執的なファン?がラジオやイベントを録音してネタにされた事務所に送りつけ、それが黒幕の逆鱗に触れた、トラの尾を踏んだ、という話もあった。このあたりは、実際ああ~、ありそうだなあ、という感がある。
サイキックの放送中に、誠っちゃんがイベントを録音しないでほしい、そのルールだけは守ってほしいとファン?に対し珍しく激昂する場面があった。このあたりからイベントの位置づけがおかしくなっていったように思う。ファンを大切にする誠っちゃんだったのに、それが理由でこんな目にあうとは、なんともいえない…。
自分はサイキックのイベントには2度しかいったことがない。一回目は某大学の大学生だったころ、竹内先生がイベントを開催してくれたので、見に行った。14年ほどまえかな。話の内容はあまり覚えてないが、下衆い話だったように思う。ただ、質疑応答の際に痛いファンが居て、空気読めよ…と思ったことだけは覚えている。そして、次は昨年の夏のサイキックミーティング…第一部昼の部の、大川総裁とオーケンが来ていた分だったので、それほど問題はない内容だった。パソコン制御のオナニーマシンがどうとか、ゲッすい話しがおおかったが、しかし最後のファンサービスは誰がヤクザだとかいった話だったように思う。こんなはなしするのは、みんな来ているのがファンだ、と信頼していたからなのに。命を削るような話だったのだなあ…。
しかし思うのは、何とか協会という団体の影に隠れて表に出てこない存在、権力者の汚さだ。これがいかにも日本らしいといえばそれまでだが、憶測を呼んでだいたい誰が原因だ、という話にはなりつつあるとはいえ、腹が立つ。そして、その協会なりは直接にせよ間接にせよ、誠っちゃんに弁明、謝罪の機会をあたえないこと、そして、自分で手を汚さず人を抹殺しようとしていること。ありえない。正々堂々と出て来い!これが権力なのか?これが偉い人間のやることなのか…
しかしどんなことがあっても自分は北野誠のファンだ。この事実が消えない限り、そしてこの事実がファンの一人一人の心に宿る限り、北野誠の芸能人としての生命は絶たれることはないと信じている。
この一心で、この土曜に「死んだらあかん!」買った。これを執筆しているころからいろいろあったんだろうなあ。じっくりよませてもらいますわ。
誠っちゃん… [生活の間]
そしてその理由がわからないだけに余計性質がわるい。もしこのまま一人のタレントというよりも人間がその生きていく道を奪われ、ひっそりと姿を消すようなことになれば…すごく不気味で、すごく恐ろしい気分だ。理由を言えば誹謗・中傷した相手に失礼だから、といわず、だれだれさんごめんなさい、という機会を誠っちゃんに与えてもらいたい。闇から闇へ、という報道メディアにかかわるものとしてあってはならない形で芸能人生命を奪われていくということを当のメディア自身が認めるのか?自分で自分の首を絞めているのではないのか?
真相が知りたい。しかし、明らかにならないのだろうか?でも、自分は信じている。誠っちゃんが不死鳥のごとくよみがえってくることを。…しかし、今の芸風ではさすがにつらいやろうなあ…誠っちゃんがんばれ!信じてるで!
まだだ、まだおわらんよ [生活の間]
なんせ一緒にいないと怒られる。だから最近DSを買ってなんとか一緒にいながらも自分の時間をキープ。本を読んだらしゃべりかけられて集中できないし、とりだめたビデオを見てても同じだ…。どうしてそうなんだ!と思いつつも相手の言うことを聞いているじぶんがいる…少しさびしい。
今までの自分をこれはアップデートしたことになるのか?それとも結婚すると全部かわらないとうまくいかないのか??現在試行錯誤中。まあ、がんばりますわ。
サイキック青年団が終わってしまったあ~ [生活の間]
高校生ぐらいから聞き出して、20年ぐらい聞いていた。時にはあまりにきつい
ことばにラジオを切って寝てしまったこともあった。でも、そのことばはどんな意
味でもプラスであれマイナスであれ自分の中に生きていた。そして、生きていく
だろう。こんな番組はなかったし、これからもありえないだろう。
気がつけば、今週の放送で誠っちゃんがどういうかなあ、竹内アニキがどんな
下っすいはなしするかなあ、と、彼らの意見を頼りにしている自分があった。そ
して、つらいときもうれしいときもこのラジオを聴いて生きてきた自分がいる。
これからは彼らのことばはいままでのようには聴けない。だから、やっと自分で
考えるようにならなければならないような気がしてきた。本当に悲しい、でも、
そろそろひとりだちするっすよ、アニキたち。いままでありがとう。
終了に当たっていろいろあっただろうけど、それはいまさらいっても仕方がない
ことだとは思う。だけど、これからはABC関係のものは控えるだろうし、朝日新
聞も控えようかな、とか考えてしまっているのも事実。濡れ衣なのかもしれない
けど、「朝日」の字は当分みたくないなあ…。
初心に帰って(木田元の最終講義) [書評の間]
今回は初心を思い出して最近の自分はあかんなあ、と、そういう気持ちになった本の書評。
内容についてはいろんなところにこの著者が書いていることばかりで、特に目新しいことはないが、講義ということで非常に読みやすく、感慨深いものであった、と。自分の専門はメルロ=ポンティで、この人が訳したものばかりなので、いろいろお世話になった。この人の著書もいろいろ読んだ。メルロ=ポンティへの言及がほとんどなかったのはさみしいが、大学に入った頃のなつかしい、あまずっぱい(?)気分になった。
なんで哲学をやろうとおもったのだろう??人が幸せではないのはなんで、と思った。また、宗教に頼ってもほんとの解決なんてえられないのに、と思っていた。あと、正しいことってなに?と考えた。これらのことは、今に至っても社会は何も解決できてないけど、それでも考えたい、と漠然と思った。学生という立場でないとなかなか考えられない。そんな気持ちを思い出した。
で、人はなぜ存在するのか?生きていくのか?という問いを選び、結果として身体の哲学者、メルロ=ポンティにいたった。その選択を後悔したことはない。しかし、世間に汚れなんか忘れてしまっている悲しみはある。
また哲学をやりなおそう、そんな気にさせてくれた本だった。
箆棒(べらぼう)な人々 竹熊健太郎著 ~昭和が熱い! [書評の間]
本書は昭和を駆け抜けたべらぼうな人たちへの、竹熊健太郎氏のインタビュー集である。インタビューしている人たちがあまりにべらぼうなため、正直どこまで話を引き出せているのか不安であったが、なんというかインタビューを受けた人たちが振りチンで隠し事をまったくしない人たちであるというのもあるのだろうが、きちんと聞いてほしいところを聞いた上に、彼らの素敵な部分まできっちり受けている竹熊氏には脱帽である。こんなビッグな人たち相手にすっごく緊張しただろうに。
自分にとって竹熊氏はサルまんの作者である前に、桜玉吉氏の親友という印象が強く、桜氏の漫画にでてくるそれこそべらぼうな姿が好きであった。市の著作は読んだことはなかったが、本書は絶賛、である。
まず、虚業家、康芳夫氏。世間では興行師的な面がよく取り上げられるのだろうが、インタビューではハイデガーやナチズムなどが話にでて、その博識さに驚いた。かつて紙のプロレス誌などで猪木対アリ戦などの真相についてのインタビューは読んだ事はあったが、ここまでの射程を持っている人物だとは思わなかった。ここまで引き出した竹熊氏はすごい!
次に画家、石原豪人氏。中国でのべらぼうな生活や看板、絵師としての生活、面白かった。
そして本書の目玉!川内康範氏!最近森進一氏とのおふくろさんについての件でマスコミに取り上げられたが、月光仮面やコンドールマンの原作者のみならず、国士としても有名で、「憎むな!殺すな!赦しましょう!」を信条に右よりでありながら反戦主義者という、稀有な人である。そして最近福田総理の顧問についたとか!!右よりの思想は自分とは相容れないが、それでもこの人は、と思わせるところがある。それだけでかいということである。ここまでくると右も左も関係ないだろう。すごい人だ。こんな人とけんかしてはいけない。また、ちょっとぐらい耳毛が生えていても気にしてはいけない。
そして最後、ダダカン氏については…映画のフェイクドキュメンタリーのようなつくりである。幻のアングラ芸術家を探して周囲の人物にインタビューを重ねていく竹熊氏…そして…最後は感動である。必読。
とにかく本書で紹介されている人たちのパワー、エネルギーには圧倒される。とにかくちょっと世間とは違う意味だが元気になれる本である。面白かった!
PROJECT E 発動! [生活の間]
今日、僕は自分の過去と訣別した…
先日、東京でエロ本を公園で焼こうとした男が書類送検された…
彼のやったことは犯罪行為だから非難されるべきだが、気持ちはよくわかる…
ここ、10年来ためて、ためて、ためてしまった、エロ本。
あるものは愛着がありすぎて捨てられず、あるものは表紙がエロすぎて捨てられず…etc,etc...
気がつけば一番古いエロ本の日付は、なんと、1989年!!
このままじゃ前にすすめないよ…
かといって不法投棄も、野焼きもできないし…
ここは、考えろ!考えろ!考えろ!
ここで、PROJECT E(ERO)だ!!
…やはり小さく切ってわからなくして捨てるしか!!しかし今日びゴミ袋も透明だからまともにゃあ捨てられんし、そもそもこの大量の紙の断片!不自然だ…
ここは小さくして、紙袋かなにかの袋につめて捨てるしかないな。ちょっとずつ出していくしかなさそうだ…
よしっつ、着手!!!
…だんだんはさみで切るのめんどくさくなってきた…手でちぎれば握力もつくし、一石二鳥!!
…だんだん手がだるくなってきた…もうこれぐらいが一回で出せる限界の量じゃないか??6冊だぜ?と自分で納得。手首が痛い。
というわけで、封印完了!!第一陣!!まだ50冊ぐらいあるけどね…
さらば、わが青春のアル…、もといデラ○ッぴん、○ンギンクラブ!!
これで、また新しいの買えるな←だめじゃん!!





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